自制心の進化論:無理せず意志の力を最大限に引き出す鍵は「自分の為に我慢するのを辞めること」

2020年3月1日

「最後には、自己を制限し、孤立させることが、最大の術である。」このゲエテの結論は、私にとって、私のような気の多い作家にとって、まことに頂門の一針であろう。

                                                      (引用:太宰治『春の盗賊』

 

あなたは今年の1月1日に立てた目標を今も執念深く追い求めているだろうか(目標を立てなかった人は過去を振り返ってみてほしい)。

私は「週に一本は記事を書く」、という目標を立てて新年を迎えたのだが、とうの昔に捨て去ってしまった。

 

目標を達成するには「自制心」を発揮し、誘惑に抗わなければならない。しかし、そんな事ができる人はごく少数。

なぜなら、ヒトは我慢する能力を身につけていないのだから。

 

自制心の進化を解明する

 

心理学者ウォルター・ミッシェルの「マシュマロ実験」をご存知だろうか(1)。

 

マシュマロ実験とは?

  1. 子どもの大好きなお菓子(マシュマロ)を目の前に置いておく
  2. 研究者が「私がこの部屋に戻ってくるまでマシュマロを食べちゃいけないよ。もし、我慢できたらもう一個あげるからね。」と伝え、部屋から退出する。
  3. 別室で子どもの様子を観察

 

多くの子どもは、我慢できずにマシュマロを食べてしまうが、中には長時間我慢できた子もいた。数十年後、実験に参加した子ども達のデータを取ってみると、マシュマロを我慢できた子は我慢できなかった子に比べて年収が高い傾向にあった。

 

幼少期の自制心が将来の成功と関連している事から、教育界では自制心(セルフコントロール能力)の重要性が説かれている。

 

近年、大規模な研究でマシュマロ効果が否定されたものの(2)、調査方法が厳密でないとの指摘もあり(3)、自制心と将来の成功にどれだけの関連性があるのかは不明だ。

だが、正確な研究結果を待つまでもなく、自制心と成功の関連性は自明とも思える。

 

「次の数学のテストで90点以上は取る!」と目標を立てても、欲求に従ってゲームやYouTubeの視聴に時間を費やしていれば達成できない。

どこかのタイミングで自制心を発揮し、誘惑に“NO”と言わねばならないだろう。

 

誰しも理屈はわかっている。あなたも何度もそうしてきたはずだ。にも関わらず負けてしまうのは何故だろうか。

一般的なライフハック系の記事や本なら計画の立て方について解説し、「人生はいつだって今!さぁ、Just Do It!」と激励して締めるところだが、この記事では少しアプローチの仕方を変える。

 

当サイト『Edint(教育のヒント)』は、「進化教育学」と題し、ヒトの性質に則った自然な教育を提案している。ヒトの性質は進化の過程で獲得したものだ。故に、進化の歴史を紐解いていけば、ヒトに合った教育が見つかるはずという考えのもとに。

 

過去の記事は以下のページにまとめてあるので目を通して頂けると幸いだ↓

 

 

今回は、“自制心の進化”をテーマに、誘惑の多い現代社会で目標達成率を高める自然な方法を考察していく。

 

結論だけ先に述べておくと、「愚かなヒトは自分の為に我慢する」。

 

本当にヒトは自制心を進化させたのか?

 

犬にエサを見せると直ぐに飛びつくだろうが、ヒトはそうでもない。食は生存と直結する最重要行為のはずなのに、食べない選択をする人もいる。

これは、ヒトに理性が備わっているからだ(脳科学者は前頭前野が働いたと言うだろう)。

 

持ち前の理性を武器に、今日の発展がもたらされたのだとすれば、一部の人が「ヒトは理性を有しているのだから動物ではない」と言うのも頷ける。

しかし、上記でも述べたようにヒトは誘惑に負けてしまう動物だ。

 

もし、自制心が成功に直結するほど(ヒトをヒトたらしめるほど)重要な存在なのであれば、ヒトはもっと我慢が得意になっているはず。

 

とすると、考え方自体が間違っていたのかもしれない。ヒトは我慢する力にステータスを振り、特化させて進化してきていないのなら、あえて程良い自制心に抑え込んだのか。なぜ、自然はヒトに完璧な自制心を身につけるよう淘汰圧をかけなかったのだろう。

 

ここで、「心のモジュール性」について触れておきたい。

 

心のモジュール性とは?

心はいくつものモジュール(部品、機能)の集まりでできており、いくつかは同時に起動し、せめぎ合っている。

例えば、自由時間を与えられると、ゲームをしたいモジュールと本を読みたいモジュールと寝たいモジュールetcが起動し、競争し合う。
その中から何か一つが選ばれて行動として表れる。

 

※モジュール性については(4)や(5)を参照の事。

心のモジュールは生得的に備わったものが多く、つまり欲求に忠実な心のメカニズムとも言える。しかし、狩猟採取時代とは言え、欲求の赴くままに行動していては生存率が危ぶまれるはずだ。そこで登場したのが自制心。

 

自制心とは今直面している誘惑を回避し、長期的なメリットを選ぶ能力ーーー Ex:「お金」・・・今日のお菓子を我慢して来月のライブにお金を回すーーー で、言わば欲求の仲裁者だ。

 

だが、自然はヒトの自制心に大きな力を与えなかった。明確な答えは確定していないが(6)、狩猟採取社会において我慢はそこまで必要ではなかったのかもしれない。

明日の命も保証されていないサバンナの中で、目の前の食べ物を保存しておいても意味がない(保存すらできなかった)。今すぐ食して力に変えた方が適応的だった。

 

御先祖様も、まさか数十万年後に悟りが必要になるとは思ってもみなかっただろう。完璧な自制心は今日のような豊かな世界で求められる比較的新しい能力なのだ。

 

自制心は社会の為に備わった

 

ヒトがこんなにも賢く(?)なった理由を説明するものの中に「社会脳仮説」がある(7)(8)。

 

 

社会脳仮説とは?

霊長類の脳が大きく進化したのは、社会的問題の解決に迫られたからだ、と主張する説(例えば、上司や部下に気に入られようとしたり、『カイジ』のような騙し合いのコミュニケーションは頭を使う)。

頭の弱い個体は淘汰されてしまうのだ。

 

社会心理学者エリオット・アロンソンは、代表的な著書に『ザ・ソーシャル・アニマル』というタイトルを付けた。どうもヒトという種を語る上で社会と切り離すのは難しい。

 

もちろん、「社会脳仮説」だけで脳の発達を説明しきれるものではないが、ーーー例えば、食の多様性が脳を大きくしたとの指摘(9)ーーーヒト同士の協力と競争が知性を高めたとする説が覆る訳ではない(進化は複合的な結果だ)。

 

 

現代科学では自制心⇄脳の大きさについての因果関係に未だ結論が出ていないが、どうやら脳の大きさと自制心の進化は密接に関連しているようなのだ(9)。

そして、少なくとも社会脳仮説の影響を受けて脳が発達していた事実がある以上、社会性と自制心に繋がりがあると考えるのが妥当に思える。

 

幸い、いくつもの先行研究が社会性と自制心の関連性を示唆している。

 

ヒトは「誰か」がいると我慢できる

 

そこで見ていきたいのが、2020年にマックス・プランク進化人類学研究所から発表された研究(10)。

この研究では、5〜6歳の子ども207人に対し、マシュマロテストを実施したもの。だが、この研究はオリジナルのものとは少し異なる。

 

まず、ランダムにペアを組ませて打ち解けさせた後、別室に連れて行き、マシュマロ実験同様「お菓子を我慢できたらもう一つあげる」と伝え、我慢のパターンを3つに分けて観察した。

  1. 単独(Solo)・・・自分が我慢できたらお菓子をもう一つもらえる
  2. 相互依存(Interdependence )・・・別室の友達と君が両者我慢できたらお菓子をもう一つもらえる
  3. 依存関係(Dependence)・・・我慢できたらお菓子をもう一つもらえるし、友達ももう一つもらえる

 

一人で我慢、協力して我慢、利他的我慢どれが最も自制心を発揮させたのであろうか。

キクユ族の子どもとドイツ人の子どもを対象に実験を行ったところ、以下のような違いが確認された。

最も自制心が発揮できなかったのは単独時で、相互関係と依存関係は文化によって差があるようだった。

研究者らはこの違いを、

  • お菓子の価値が違うから?(ドイツの子に対しては『オレオ』、キクユ族の子にはバタークッキーだった)
  • 文化的違い?・・・協力を美徳とするか、利他心を美徳とするかで差が出るのかもしれない

 

と考察していたが、いずれにせよヒトは誰かがいると自制心が発揮できるようだ。

 

この結果に進化論的解釈を加えると、

 

  • 自制心は社会的課題を解決する為に備わったのではないか?

 

と考えられる。つまり、捕らえた獲物を細かく分けて計画的に消費するよう自制心が備わったのではなく、社会の中で上手く渡り合っていく為に自制心が備わったのではないだろうか。

村に食べ物が運ばれてきたとして、あえて我慢して分け与えた方が良好な人間関係築け、生存率を高められた。

 

何より、この研究は文化を超えて、そして幼少期に確認された、という点で私の説は説得力があるように思える。

 

日本の文化はどちらかと言えば相互依存的である事から、子どもには友達or大人とペアを組ませ、協力して我慢してもらうのが有効かもしれない。

 

パブリック・コミットメントの進化的解釈

 

しばしば、自制心を発揮しなければならない目標(Ex:ダイエット)を達成しようと思う時、「目標は誰かに宣言せよ!」とのアドバイスを耳にする。

 

ひっそりとダイエットするよりも、友人に「3ヶ月で20kg落とすから!」と宣言した方が達成率が高いというのだ。これはパブリック・コミットメント(11、12)と言われ、効果が示されている。

 

しかし、誰彼構わず宣言すれば良いものでもない。2019年にオハイオ州立大学から出た研究(13)では、

 

  • 目上の人に目標を公言したグループ・・・スーツを着た博士課程の学生に目標を宣言した人達
  • 目下の人に目標を公言したグループ・・・カジュアルな服を着た、短大生のアルバイトに目標を宣言した人達
  • 目標を公言しなかったグループ

 

に分けて、数字の並び替えタスクに取り組んでもらったところ、以下のような結果に。

 

  • 目上の人に目標を公言したグループはパフォーマンスも達成率も高かった
  • 目下の人に目標を公言したグループは、目標を公言しなかったグループよりも成績が悪かった

 

どうやら目標は目上の人(憧れの人)に宣言した方がいいらしい。研究者はこの違いを「評価不安」によって説明しており、簡潔に表すと以下のようになる。

  1. 誰しも「目上の人に認めてもらいたい!」・「失望させたくない!」といった欲求があり、目上の人からの評価は特に気になる
  2. ダメな人間だと思われたくないので行動に移す
  3. 達成率が上がる

 

最もらしいが、ここには進化の観点が欠けているので補足する必要があるだろう。

 

ヒトにはプレスティージ(地位を求める欲求)が備わっている(詳しくは以下の記事を参照して頂きたい)

 

地位が高くなれば生存と生殖(望みのパートナーの獲得)の成功率が高まる。あえて残酷な言い方をすれば、私を含めヒトは自分の価値を高める為に頑張っているのだ。

では、自分の地位を高めてくれるのは目上の人だろうか?目下の人だろうか?あえて問うまでもなく、前者だろう。

 

のび太に褒められるよりも、ジャイアンに褒められた方が学校内でのスネ夫の地位は高くなる(スネ夫はプレステージ戦略の天才だ)。

言い換えると、のび太を失望させるよりもジャイアンを失望させた方がスクールカーストに響く。

 

だからこそ、パブリック・コミットメントは目上の人にのみ有効だったのだ。

もちろん、全ての人間関係に上下がつくものでもないが、プレステージ戦略を考慮に入れると、地位に響くであろう相手に宣言するのが良い、と考えるのが妥当。

 

れは対等な親友に向けてかもしれないし、ーーー裏切れば大好きな友人の中で私の評価が下がる。信頼して欲しいと思う子どもに向けてかもしれないーーー家庭内のカースト(父の威厳に関わる)or教室内のカースト(先生の威厳) 。

 

お気づきだろうか?プレステージ戦略もまた社会性を有している。

やはりヒトは社会の中で自制心を発揮させるように進化してきたのであろう。

まとめ?

①自制心は社会的課題を解決する為に備わった。つまり、ヒトが自然と理性を発揮して誘惑に打ち勝てるのは社会的繋がりの中である。

 

②特に地位が高まりそうな時にヒトは自制心を発揮して努力する。認めてもらいたい人、失望させると今の地位が危ぶまれる人に目標を宣言するのが得策。

 

③子どもの自制心(勉強や習い事、お手伝い)を高めたいのであれば、社会的価値を説くのが良いだろうーーー「社会に出て必要だから」ではなく、誰の役に立つのか?誰が喜ぶのか?を強調すべき。

また、ついつい仕事を先延ばししてしまうのなら、自分の仕事が社会に与える影響を考えてみるのが望ましい。

 

子どもが我慢できないのも、一人で我慢させてしまっているからかもしれない。

 

高い自制心は現代社会の成功と関連している(14)。だが、この研究はあくまで相関を示したものに過ぎず、初めて読んだ時は納得しきれなかった。

しかし、今回の記事を書く事に決め、自制心の進化を追っていくうちに筋が通った。

 

おそらく、社会性のある子は誰かの為に頑張るから上手く自制心を発揮して次々と目標を達成していくのだろうーーー将来の高収入には社会性が重要と指摘する研究結果もある(15)。

 

どれだけ厳しい部活動に所属していたとしても、引退すれば理性は吹っ飛ぶ。

部活動の厳しさは目標が社会化していたからこそ、自制心が発揮されていたのだ(Ex:買い食いでもすれば連帯責任で公式戦の出場がなくなる)。

 

中には本能とモラルがマッチしていないケースもあり、そこは指摘していく必要があるだろうが、どうか我慢できない子を叱らないで欲しい。

その子はきっと目標を社会化できていないだけなのだから。

 

参考文献

1.Mischel, W., Ebbesen, E. B., & Raskoff Zeiss, A. (1972). Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification. Journal of Personality and Social Psychology, 21(2), 204–218.

 

2.Watts, Tyler & Duncan, Greg & Quan, Haonan. (2018). Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Gratification Delay and Later Outcomes. Psychological Science. 29.

 

3.Falk, Armin & Kosse, Fabian & Pinger, Pia. (2019). Revisiting the Marshmallow Test: On the Interpretation of Replication Results. 

 

4.Carruthers, P., Laurence, S. & Stich, S. (2005) The Innate Mind: Structure and Contents (Oxford: Oxford University Press).

 

5.Laland, K.N. and Brown, G.R. (2004) Sense and Nonsense: Evolutionary Perspectives on Human Behaviour (Oxford: Oxford University Press).

 

6.Shenhav A, Musslick S, Lieder F, Kool W, Griffiths TL, Cohen JD & Botvinick MM.(2017). Toward a rational and mechanistic account of mental effort.  Annu. Rev. Neurosci. 40, 99-124.

 

7.R.I.M. Dunbar(1998). The social brain hypothesis. Evolutionary Anthropology, Volume6, Issue5, 178-190.

 

8.R.I.M. Dunbar(2009). The social brain hypothesis and its implications for social evolution. Annals of Human Biology,Volume 36, Issue5,562-572.

 

9.Evan L. MacLean et al.(2014). The evolution of self-control.

 

10.Koomen, Rebecca & Grueneisen, Sebastian & Herrmann, Esther. (2020). Children Delay Gratification for Cooperative Ends. Psychological Science. 31.

 

11.Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705–717.

 

12.Locke, Edwin & Morisano, Dominique & Schippers, Michaéla. (2014). Writing about Goals Enhances Academic Performance and Aids Personal Development. Academy of Management Proceedings.

 

13.Klein, H. J., Lount, R. B., Jr., Park, H. M., & Linford, B. J. (2019). When goals are known: The effects of audience relative status on goal commitment and performance. Journal of Applied Psychology. Advance online publication.

 

14.Moffitt, T.E. & Arseneault, Louise & Belsky, Daniel & Dickson, N. & Hanco, R.J. & Harrington, H.L.. (2011). A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety. Proceedings of the National Academy of Sciences. 109. 84-89. 

 

15.Vergunst, Francis & Tremblay, Richard & Nagin, Daniel & Algan, Yann & Beasley, Elizabeth & Park, Jungwee & Galera, Cedric & Vitaro, Frank & Côté, Sylvana. (2019). Association of Behavior in Boys From Low Socioeconomic Neighborhoods With Employment Earnings in Adulthood. JAMA Pediatrics. 173. 10.1001/jamapediatrics.2018.5375. 

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