記憶の進化論:ヒトは何を覚えるように進化したのか?

2020年3月26日

 

「なぜ記憶力が備わったのだろうか?」・「なぜ人は教えられるとある程度習得できるのだろうか?」、ヒトの記憶および学習のメカニズムに深く目を向ける教育者は少ない。“そういうものだ”という前提のもと話を進めてしまう。

 

もちろん、多くの人にとってメカニズムはどうでもいい話だ。スマートフォンがどんな部品で構成され、どのように組み合わさり、どんな手順で電気信号が伝達されているのかなんて知る必要がない。利用者にとって重要なのは手元で動画が見れたり、ゲームができる事だろう。

 

だが、プロは違う。スマートフォンの開発元が“なぜ動いているのか理解していない”と表明すれば大問題になる。

構造を説明できなければ、バグに対処できない。よって、プロには内部を把握しておく努力が常に求められるのだ。

 

この原理で言えば、教育のプロは教育のメカニズムを理解しておかなければならない事になる。しかし、それは大変困難な要求だ。

自然選択、性選択、突然変異……自然による様々な淘汰圧が今日の人間を作り上げた。ヒトをデザインしたのは人ではなく自然であり、故に、教育はブラックボックスと言えよう。

 

教育のメカニズムを説明できるか?

 

とは言え、白旗を上げるには早すぎる。幸い、先人たちが“科学”という道具を発展させ続けてくれているおかげで、少しずつヒトのメカニズムが解明され始めているのだ。

 

  • なぜ記憶しやすい情報とそうでない情報が存在するのか
  • ヒトは何にに動機付けられているのか
  • なぜ我慢できないのか

 

当サイト『Edint(教育のヒント)』で唱えている“進化教育学”では、教育のリバースエンジニアリング ーー 設計の逆を辿り、構成要素やメカニズムを明らかにする営み ーー を目標としている。

 

外から見てハック不可能なら内部を見ていくしかない。もちろん、タイムマシンでもない限りヒトの進化を完全に解明するのは不可能だろう。しかし、科学が見つけてくれたピースを基に全体像を推察するのは可能である。

ベストではないにしても、手をこまねいているよりはマシ(ベター)なはずだ。

 

私は何度か教育のリバースエンジニアを試みているのだが、今回は学習の要とも言える“記憶”について取り上げてみようと思う。

 

 

記憶力も進化の過程で備わった機能

 

生存と生殖に有利に働いた機能が備わった(残った)」が進化教育学の前提条件である。

 

記憶も例外ではない。脳の一部に障害を負わない限り記憶力は普遍的に備わっている機能で、ならば何らかの適応的な意味があったと考えるのが妥当だろう。

では、記憶の先行研究から、ヒトが記憶力を身につけるに至ったヒストリーを読み解いていこう。

 

感情と記憶

 

進化心理学では“感情には何らかの適応的機能がある”と主張する。これは別途記事を設けて詳しく書いていくつもりだが、ここでは簡単なポジティブとネガティブ感情の適応的機能の説明に留める。

 

  • ポジティブ感情・・・推奨のシグナル:生存と生殖率が高まった証拠
  • ネガティブ感情・・・回避のシグナル:生存と生殖率が低下した証拠

 

例えば、美味しいものを食べればポジティブ感情が誘発され、何度も食べるだろう。これは、食べても安全な証拠である。一方で、不味いものを食べればネガティブ感情が誘発され、二度と食べる気が起こらないはずだ。

これも一種の学習であり、記憶と言える。ポジティブにしろネガティブにしろ感情を刺激された出来事は何年経っても覚えているものだ。

 

特に、生存と生殖に関連する感情的刺激があると記憶に残りやすい。人類の天敵であるヘビに対しては、危険性を十分に理解していない子どもですら注意を向けてしまうし(1)、天使のような赤ちゃんには自然と目を向けしまい、お世話したくなってしまう(2)。

 

中でも榊らの研究(3)では、感情的刺激を生物学的情報と社会的情報に分けて調査を行なった。得られた知見を簡潔にまとめると以下の通りである。

 

  • 生物学的感情刺激は社会的感情刺激よりも注意を引く

 

  • 社会的感情刺激を記憶するには一定の集中力が必要だが、生物学的感情刺激は気が散っていても記憶される(集中力が高ければ社会的感情刺激も同程度記憶)

 

  • 生物学的情報と社会的情報とでは活性化する脳の領域が異なる(一部だけ共有)

 

生物学的情報とは、主に命に関わるもので、社会的情報は日常で目にするもの(勉強もここに該当する)を指している。

社会的情報も生存と生殖に繋がると言えるが、 ーー 人間関係を良好に保てば食に困らない ーー 生物学的情報とは別物として処理されているようだ。

 

この結果から、記憶には生存バイアスが存在すると考えられる。

命に関わる情報を脳が自動的に取捨選択し、優先的に記憶するように進化の過程でデザインされていったのかもしれない。

1日中家でゴロゴロした日には「今日何してたっけ?」と、思い出すのが困難になるのも、安全すぎるが故に脳が必要な情報と判断しなかった結果なのだろうか。

 

想像を膨らませているだけではいつまで経っても真実にたどり着けない。ならば、ヒトをサバイバル環境に放り込み、記憶の生存バイアスを確かめてみよう。

 

記憶の生存バイアス

 

命に関わる情報をやる気スイッチを押さなくても記憶可能だったとしても、現実世界で応用するのは困難である。

授業中にわざわざ子どもを危機的状況に追い込むのは現実的な話ではない ーーー なにより、倫理的にアウトだ。

 

そこで、記憶に関する興味深い研究を取り上げる事にする。2007年に行われた研究(4)では、300人の大学生をランダムに6つの記憶戦略に振り分け、記憶力をテストした。

生存戦略(Survival)

「あなたは見知らぬ荒野に一人きりです。これから数ヶ月間自給自足を行い、生き延びなければなりません。その為には覚えておくリストがあります」と架空のシナリオを想定させたグループ

気分戦略(Pleasantness) 表示された単語に対して快or不快(1〜5で)を評価させたグループ Ex:「トマト」→響きが可愛いから5点!
イメージ戦略(Imagery) 表示された単語に対する個人的なイメージを評価させたグループ Ex:「トマト」→栄養がありそう
自己参照戦略(Self-Reference) 表示された単語と経験を結びつけさせたグループ Ex:「トマト」→友達の家がトマトを育てている
生成戦略(Generation)

文字の並び順が変えられた単語を評価し、その後正しく並び替えさせたグループ Ex:「マトト」→「トマト」

意図的学習戦略(Intentional) 「後で記憶力テストを行うからできるだけ覚えて欲しい」と伝えられたグループ

 

結果は以下の通りである。

 

細かい数値を見比べるまでもなく、生存戦略が圧倒的な好成績を記録した。

実際にサバイバルに追い込まれずとも、サバイバルを想像するだけで記憶の生存バイアスが起動するようなのだ。

過去にゲームの記事でも触れたが、ヒトは安全に学習する為に現実と妄想を脳内で区別するように設計されていない(5)事を鑑みると、この結果にも肯ける。

 

4歳から10歳の子ども達を対象に行われた研究(6)でも、生存と生殖に直結する情報が記憶されやすいことが判明している。ヒトの進化を推察する際に用いられる手法はいくつかあるが、その一つが子どもの観察である。幼い頃から発現する特性は、後天的に学習された可能性が低く、遺伝子にプログラムされていると考えられるのだ。

 

授業中に、「学んだ知識を活用して危機的状況を乗り越えなければなりません」と架空のシナリオを想定させて勉強してもらえば、記憶に残りやすくなるだろう(7)。生存に直結する使える知識は簡単に忘れられないのだ。そして、やる気も必要ない。

 

一連の研究結果だけを切り取って、「勉強前にサバンナへ出かけよう!」といった教訓を引き出す事も可能だし、記憶テクニックの一つとしてストックしておくのも手だろう。

しかし、私がしたい話は安直なハウツーではなく、記憶の“なぜ”と“メカニズム”にあり、ならばもう一歩踏み込む必要がある。

 

 

これらの研究で真に注目すべきなのは、記憶はコンテクスト(文脈・状況)の影響を大きく受ける、という点ではないだろうか。

勉強というと、座って教科書を読み、情報を頭の中に入れるイメージを持つ人もいるだろうが、記憶の天才でもない限り一目で覚えられる情報は一握りに過ぎない。

なぜなら、この学習スタイルにはコンテクストが欠けており、真空状態で勉強しているようなものなのだから。

 

ここで、少しだけ狩猟採取時代にタイムスリップしてみよう。太古の昔において、覚えておくべき価値のある情報とはなんだろうか。

いくつか例を挙げるなら、毒ヘビが生息する場所・シカの生息地・木の実が成っている場所・どこから木を採取して火を起こすか、森の中で動物と出会ったらどう対処するか……どれも情報とコンテクストが密接に関連している。コンテクストと結びついた情報は生存率に直結するものが多く、記憶しやすいように脳が進化したのかもしれない。

 

コラム:進化論の誤解

私が「進化した」という言葉を用いる時は、「〇〇の特徴を持った個体が結果として生き延び、数を増やした」を意味している。キリンで言えば、「高い所にある草木を食べたいから首が伸びた」のような説が有名だが、これは進化論の誤謬である。

進化論的には、首の長い個体が食べ物に困らなかったから生き延びたのだ。最近では、首の長さが競争に有利だったとの説もある。しかし、キリンの首に関しては進化論だけでは説明がつかず、未知の部分が多い。

 

記憶とコンテクスト

 

コンテクストと記憶を結びつける証拠もある。世界では無関係な情報を短時間で記憶してしまう超人的な人達が集まり、競い合う記憶力コンテストが開催されている。

 

彼らが使っている記憶術は多岐にわたるが、一般人でも劇的な効果が見られるのは「記憶の宮殿」なる覚え方だ。

記憶の全米チャンピオンにまで輝いたジョシュア・フォア氏はTEDトークでそのやり方をわかりやすく解説してくれている(11分20秒から記憶の宮殿に関する話)。

 

「記憶の宮殿」とは、覚えたい情報と場所(主によく知った家や学校、職場)を結びつけるテクニック。例えば、「記憶の宮殿」という単語を記憶したいならば、「玄関に置いてある靴ベラに“記憶の宮殿”と書いたシールが貼ってある」のようにするのだ。

もちろん、先行研究でも効果は確認されている(8,9)。

 

人類は長年3次元の情報を扱ってきており、コンテクストが記憶を強化する原理は、考えてみれば当たり前の話とも言える。

二次元を扱い出したのはたった4万4000年前に書かれた壁画からであり(10)、ーー新たな証拠が出て来る可能性は十分にある ーー 少なくとも過去10万年間は身体的にそれほど変化しておらず、ここ1〜3万年間は同じ状態(11)のホモ・サピエンスが、平面に書かれた情報の記憶を不得意としていてもなんら不思議ではないだろう。

ましてや、まっ白な単語帳に書かれた英単語だけを覚えるのは困難を極める。

まとめ

①脳は生存と生殖に関わる情報をいつでも記憶しやすいようにデザインされている(記憶の生存バイアス)。

 

②サバイバルを想定するだけでも記憶力が高まる。わざわざ荒野に出かけずとも、必要不可欠なタイミングで覚えてもらいたい知識を提示するのが効果的だろう。

 

③ヒトの脳はコンテクスト(場所・状況)を重視する。情報を単なる情報としてではなく、活用するシーンを想定させながら覚えてもらおう。

 

記憶の進化的起源を見てきたが、もちろんこれが全てではない。他にもアニメーションや音、感覚といった様々な刺激と記憶が存在している。

私がこの記事を通して明らか(?)にした記憶のメカニズムはほんの一部に過ぎない事だけは留意しておいてもらいたい。

 

 

今回、私が一番伝えたかったのは、記憶も進化の過程で備わった産物であり、生存と生殖に有利に働くようにデザインされている、という事実である。

魚は泳ぎが得意なように、記憶にも得意分野があり、環境を整えれば能力の最大化が期待できるのだ。

 

アクティブ・ラーニングに効果が見出せるとしたら、知識の必要性を高める事とコンテクストの提供にあるだろう。

今回は記憶(インプット)について触れたが、現代社会は活用力(アウトプット)を求めている。

インプットからアウトプットへの学習デザインは既に記事にしてあるので、併せて目を通していただけると学習の見通しが立つかもしれない。

 

 

参考文献

1.LoBue, V., & DeLoache, J. S. (2008). Detecting the snake in the grass: Attention to fear-relevant stimuli by adults and young children. Psychological Science, 19, 284–289.

 

2.Brosch, Tobias,Sander, David,Scherer, Klaus R. Brosch, T., Sander, D., & Scherer, K. R. (2007). That baby caught my eye… Attention capture by infant faces. Emotion, 7(3), 685–689.

 

3.Sakaki, M., Niki, K. & Mather, M.(2012). Beyond arousal and valence: The importance of the biological versus social relevance of emotional stimuli. Cogn Affect Behav Neurosci 12, 115–139.

 

4.Nairne, J.S., Pandeirada, J.N., & Thompson, S.R. (2008). Adaptive memory: the comparative value of survival processing. Psychological science, 19 2, 176-80 .

 

5.Annie Lang (2014) Dynamic Human-Centered Communication Systems Theory, The Information Society, 30:1, 60-70.

 

6.Aslan, Alp & Bäuml, Karl-Heinz. (2012). Adaptive memory: Young children show enhanced retention of fitness-related information. Cognition. 122. 118-22.

 

7.Nairne, J.S., Pandeirada, J.N., Gregory, K.J., & Arsdall, J.E. (2009). Adaptive memory: fitness relevance and the hunter-gatherer mind. Psychological science, 20 6, 740-6 .

 

8.Qureshi, A., Rizvi, F., Syed, A., Shahid, A., & Manzoor, H. (2014). The method of loci as a mnemonic device to facilitate learning in endocrinology leads to improvement in student performance as measured by assessments. Advances in physiology education, 38 2, 140-4 .

 

9.Legge, Eric & Madan, Christopher & Ng, Enoch & Caplan, Jeremy. (2012). Building a memory palace in minutes: Equivalent memory performance using virtual versus conventional environments with the Method of Loci. Acta psychologica. 141 ,380-390.

 

10.Aubert, Maxime & Lebe, Rustan,Oktaviana, Adhi,Tang, Muhammad,Burhan, Basran,Hamrullah, Jusdi, Andi,Abdullah,Hakim, Budianto & Zhao, Jian-xin & Geria, I. & Sulistyarto, Priyatno & Sardi, Ratno & Brumm, Adam. (2019). Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature. 576. 1-4.

 

11.Kelly Owens and Mary-Claire King(1999). Genomic Views of Human History. Science,Vol. 286, pp. 451-453.

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年間3600本以上の学術論文に目を通す20代男性の教育関係者。エビデンスのある教育を広めるべく、ブログ・ Twitterなどで最新の教育情報を発信中。 Twitterをフォローして頂けると幸いです。下のアイコンからTwitterのページに飛べます。


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