イントロダクション:進化教育学とは何か?

2020年5月10日

はじめに

ヒトはこの世に生を亨けてから生物としての使命を全うして去るまで、絶え間なく学習している。我々ホモ・サピエンスほど教育によって行動や信念が大きく変わる種はおそらく存在しないだろう(1)。

近年の研究結果(2,3)によれば、胎児の頃から学び始めているようである(正確には“学習の準備”であるが)。

 

「教育」と聞くと、今日では教師から生徒に向けて学習内容が伝達される学校教育 ーー 授業だけが学校教育ではない。正確には“教科教育”だ ーー が真っ先に頭に浮かんぶだろうが、これは教育の狭い目標でしかない。

人格の形成や価値観、文化の慣習といった、テストの点数では評価し難いものも教育の対象に含まれている。

 

学校は社会の中間地点に過ぎず、なければ何も学べない訳ではない。アメリカに留学したところを想像してみて欲しい。最初は日本との文化の差に困惑し、うまく立ち回る事ができないはずだ。

だが、次第に文化特有の言い回しやジェスチャー、慣習を身につけ、アメリカという国に適応できるようになるだろう。この過程に明示的な授業はかならずしも必要ない。

 

自らを環境に合わせて教育し直し、必要とあらば教えを請い、教えながらも学びを深める、学習能力は驚くべきことである。

人類はこの特異的な能力(知性)を獲得したおかげで、生態系のトップに君臨するに至った。

数多くの啓蒙家達は、この事実を直感的に理解している。啓蒙への理想は年々強まっており、彼らにとっての関心事は「いかに伝えて、広めるか」だ。

 

長年、教育界は教育(学習)の“How”に目を向け続け、効果的な指導方法やカリュラムの作成に努めてきたが、整合性がとれず、返って混乱をもたらしているように思える ーー 物知りな教育評論家によって主張が真逆だったりする。

残念な事に、社会を支えている「教育」には、統一理論が欠けているのだ。

では、どうすればこの問題を解決に導けるのだろうか。

 

私が思うに、そのヒントは「進化」にある。

 

“なぜ”と“子ども”を無視してきた教育のしわよせ

 

人類が学問を生み出して以来、無数の理論が生まれては批判され、その姿を消してきた。

 

そんな中、長年支持され続けている理論がある。そう、「自然選択」だ(4)。

これは、生存と生殖に有利な機能は保存され、役に立たないものは消去されるという進化の基本原理である。かの有名なチャールズ・ダーウィンが著書『種の起源』で提唱した生命科学の統一理論であり、この地道なプロセスが生物を、我々人間を形作ったのだ ーー もちろん、突然変異といった別の要因もある。

従って、進化論は我々ホモ・サピエンスが持つ特性への深い理解“Why”へ示唆を与えてくれる。

 

動物行動学者のニコ・ティンバーゲンは、生物の行動を理解するには、

 

  1. その行動が引き起こされている直接的要因は何なのか?(至近要因)
  2. その行動はなぜ進化したのか?(究極要因)
  3. その行動は個体レベルでどんな過程を経て発達するのか(個体発生要因)
  4. 進化の過程でどう変化してきたのか?(系統発生要因)

 

について問わなければならないと述べている(4)。言い換えれば、4つの質問に全て答えて初めて、ある行動/機能を「完全に理解した」と言えるのだ。

 

では、教育学はどうなっているのかと言うと、もっぱら至近要因を扱っている。

例えば、「子どもの成績が伸びたのは、〇〇式指導法の結果である」と説明される事があるが、これは介入をした結果の記述でしかなく、ティンバーゲンの言うところの至近要因(How)にあたり、究極要因(why)への回答は欠けている。

 

もし、説明するならば、「ヒトには〇〇という学習能力がありますが、これは進化の過程で××の機能が有利に働き、その結果△△を備えるに至りました。だから私の指導法は効果的だったのです」としなければならない ーー もちろん、至近要因の解明は立派な研究の結果ではあるが、完全な現象理解には不自由と言わざるを得ない。

 

至近要因をあたかも究極要因として扱い続けてきた結果、流行で指導や子育てのやり方が決定されてしまっているのも事実である。

近くの本屋へ赴けば、どの教育本も「これで大丈夫」と説得力のある説明(?)を用いてアピールしてくるので、他の本と優劣を決めるのは難しい。

 

中でもEBE(エビデンスに基づく教育)では、効果量(d)を用いて介入の効果を数値にして客観性を重視してはいるが、なぜ、ある介入が他のものと比べて効果量に差があるのかを説明しきれているものは少ない。

まさに、教育はブラックボックス化している。多くの者にとって、なぜ上手くいくのか/失敗するのかのメカニズムに関心は向いていない。

 

これには、イデオロギー教育の側面が影響している。そもそも学校というのは、目標(特定のイデオロギーを教える)が先にあって、システムを設計する。言わば、トップダウン式アプローチを採用しており、わざわざ教育の究極要因に目を向ける必要などなかった。

 

しかし、近年、陳腐な表現をすれば“多様化の尊重”や先行き不透明な時代にあたり、トップダウン式の制度設計が有効とは言えなくなってきている ーー ゴールに向かって必死に走ってきたのに、ある日突然「それ、意味ないよ」と告げられてしまうのだ。

皆、なんとなく感じてはいるだろうが、なかなか目標を設定する美徳を捨てきれない。それに、別の方法がないのだから捨てる気にもなれない。

 

強いて言えば、ボトムアップで教育システムを再構築する事だろう。子どもの発達、学習、心理の構造理解から話を始めるのだ。

チャールズ・ダーウィンは生物の複雑な器官と機能を形成のプロセス(自然選択)によって説明した、ボトムアップの正当性を唱えた代表的な科学者であった。

ダーウィンの遺産は着実に受け継がれ、医学、言語、政治、心理学にいくつもの実証的かつ示唆に富む重要な視点をもたらしいている。

 

進化教育学は教育の統一理論

 

私は、教育においても進化の視点を取り入れるべきだと考えている。もちろん、これまで誰もこの考えに至らなかった訳ではない。

私の知る限り、最初の導入者はジョン・デューイである。

彼は教育に生物学的視点を取り入れる必要があると信じていた(5)。だが、彼は自然選択の歴史を適用したのではなく、「特定の環境に対する調節や適応の道具(変化)」という意味で進化を扱っていた。

また、発達理論を提唱したジャン・ピアジェは論文の中で以下のように記している(6)。

 

最も実りある、最も明白な研究分野は、人類史の再現・先史時代の人間の思考歴史であろう。

残念なことに、ネアンデルタール人やピエール・テイヤール・ド・シャルダンによって発掘されてホモ・エレクトスの心理学については、あまり知られていない。

 

我々は生物の発生についての知見を得られないので、個体発生に目を向ける。

 

 

彼らは人間を動物の一種であるとみなし、その性質から教育制度を設計すべきであると考えていた。当時は進化論の実証的知見が圧倒的に不足していた事もあり、アイデアに留まってしまったのだろう。

次第に、教育はイデオロギーの側面を強くし、国を担う人材育成を念頭に置いたトップダウンのアプローチが主流になってしまったのだ。

 

しかし、現代では着実に進化の実証的知見が増え続けており、画一化された教育の限界性と歪み(Ex:子どものストレス)鑑みると、子どもの特性から教育システムを考える意義が強まっているように思える。

 

だからと言って、各分野で得られた知見を借りてそのまま適用するのも限界があろう。

あくまで「教育」という枠組みの中で体系的かつ適用可能な論理を形成していかなければならない。

 

そこで、学習や発達、子どもの心理状態、家庭環境等、教育に寄与する現象を進化の視点から包括的に捉える“進化教育学(Evolutionary Pedagogy)”を提唱したい。

 

前提として、「ヒトの発達、学習機能は、生存と生殖の達成を目指す為に自然淘汰によって何十万年もかけて備わった」を進化教育学の基本原理とする。

 

生物としての行動、認知バイアス、その他の形質は、先祖が経験した生存と繁殖の淘汰圧を反映したものであり、そのため、現代の発達と学習の研究は、進化の文脈の中に位置づけることができると言えよう。

 

また、進化教育学は、教育起源の解明にボトムアップのアプローチをとる(究極要因“なぜ”)。

これは従来の至近的説明に置き換わる全く新しい概念ではない。進化的アプローチによる「なぜ」の理解は、「どのような教育的介入がベストなのか(至近的要因)」について豊かな視点をもたらすものだ。両者がそろって初めて真理に近づく。

 

目的先行の教育システムでは、子ども達に負荷をかけすぎしてしまう面も多々あった。

だが、我々ホモ・サピエンスの性質そのものから教育システムを構築していけば、負荷を軽くし、なおかつ目標達成に叶う介入を見つけていけるのではないだろうか。

 

進化教育学は、教育界に存在する知見を統合するメタ理論になり得る。以下に進化教育学の研究課題を記す。

 

  1. なぜ、特定の発達パターン・学習機能・子ども特有の心理特性がこのようにデザインされているのか?
  2. 発達・学習・心理のメカニズム、構成要素にはどんなものがあって、どのように構成されているのか?
  3. 発達・学習・心理は何をするように設計されたのか?
  4. 現代の環境からの刺激は進化の過程で形成された特性と相まって、どんな結果として現れるのか?

 

当サイト『Edint(教育のヒント)』では、4つの回答を探りながら進化教育学的観点からあらゆる教育の現象の解明を試みていく。

 

進化教育学の概観

 

2章 進化のメカニズム」では、進化論の諸原則と歴史について触れる。進化は自然淘汰だけではなく、突然変異や性淘汰(社会ダイナミクス)といった様々な要因が関連した結果である。進化論への理解は、教育現象を進化的に解釈するのに欠かせない土台であろう。

 

また、歴史の中で進化論がどのように扱われてきたのかについても解説する。

進化論はあくまで思考の道具であり、故にダーウィニズムは悪用される事もあった。優生思想は社会進化論(Social Darwinism)と批判され、脊髄反射的に「進化論と結びつけるのは悪だ」と感じる人もいるだろう。

進化教育学を広く普及させる為には、この誤解を解いておかなければならない。同じような過ちを繰り返さない為にも、歴史を学ぶべきだ。

 

加えて、進化論は検証不可能な疑似科学だと批判される事も多々あるが、今となっては実証的データを提唱し続けているれっきとした科学と位置づけることができる。未来の進化教育学者の為に、よくある批判への回答と調査方法を解説する。

 

 

3章 心と進化」では、動機・性格・感情・心のモジュール性といった心理特性とメカニズムについて解説する。

この章では、主に進化心理学の知見を用いて議論を展開していく事になるだろう。しかし、進化心理学では年齢別の心理特性についての視点が不足しており、ここは教育心理学の知見と照らし合わせて進化教育学特有の体系的理論の構築に努めていく。

 

 

4章 発達と進化」では、発達の諸原則に進化的解釈を加えていく。代表的なものとしてピアジェの“発生認識論”(6)が挙げられるが、進化教育学の観点からすると不十分な理論と言わざるを得ない。

最新の進化論的研究から、各発達段階の特徴と、なぜそのような行動が現れるのかについて論じていく。進化教育学では、子どもは大人の劣化版(ミニ・アダルト)ではなく、各年齢に適応して進化していると考える。

ここで得られる知見は、子育てや教育システムに有益な知見をもたらすだろう。また、遺伝と環境の相互作用にも触れていく。

 

 

5章 学習と進化」では、学習機能・知性・記憶・認知機能に関する成り立ちとメカニズムに重点を置く。

我々ホモ・サピエンスは他の種に比べて学習機能が発達しており、進化の過程で有効な学習システムを構築してきた。人類は効率的に数多くを教育する“学校”を発明したが、これはしばしばヒトにとって自然な学びから逸脱する原因にもなってしまったのだ。

「ヒトは何を学ぶように進化してきたのか?」をテーマに、学習メカニズムに目を向け、普段の学習や新しいICT教育(スマートフォンやゲームについても)の有効な介入方法について論じていく。教育者は授業に、学習者は普段の勉強の参考になるだろう。

 

 

6章 家族と進化」では、家族関係がどのように形成されていったのかについて解説し、現代の子育てとの相違点を見出していく。

進化の過程では、父親と母親では異なる課題が要求され、それが淘汰圧として働いていた可能性がある。故に、子育て支援の形も異なるのだ。また、親が子どもにもたらす影響や、対立に関する進化的理由を分析していく。

 

 

7章 社会と進化」では、競争・協力・利他/利己的行動・いじめ・戦争・友情・プレスティージ(地位)・文化・規範的といった集団行動の際に現れる特性を見ていく。ヒトを急激に進化させたのはヒトであり、多大な淘汰圧がかかっていたと考えられる(8)。真にヒトを理解するには、社会の中での進化を辿っていくのが得策であろう。

ここでは、人間関係に関する教育課題を解決する手立てを探っていく。

 

 

終章 進化教育学の展望」では、理想の教育システムを示す。家庭・学校・社会はどのようなシステムと介入を設けていくべきなのか。加えて、未来の進化教育学者に向けて、研究課題を明示しておく。

残念ながら、進化教育学は現時点で教育カリキュラムの参考に足る知見を十分に提供できてはないない。

この章は全ての項目で満足に足る記事を書き上げなければ着手できず、できるだけ多くの方との議論を通してこの章を書き上げられるよう努めていくつもりだ。

 

 

 

 

さぁ、ここからは“進化教育学”という馴染みのない概念を学んでいく事になる。目次ページから、いくつか興味のある記事に目を通していただけるとより深い理解が得られるかもしれない。

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年間3600本以上の学術論文に目を通す20代男性の教育関係者。エビデンスのある教育を広めるべく、ブログ・ Twitterなどで最新の教育情報を発信中。 Twitterをフォローして頂けると幸いです。下のアイコンからTwitterのページに飛べます。


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